セラピスト取材メディア『THERA-FIL』は、平均寿命ではなく健康寿命を延ばすために、病院以外で本当の健康を届けるために活躍しているセラピスト(Therapist)を1つの記事(Film)として取り上げています。
病院勤務の作業療法士から女性専門サロン開業に至るまでにどのようなストーリーがあったのでしょうか。
比嘉さんのFilmを覗いてみましょう。
目次
比嘉さんが作業療法士になろうと思ったきっかけを教えてください!
看護師をしていた母から勧められたことがきっかけです!
私は高校生で進路を決めるタイミングで、元々子どもが好きだったので保育士になろうと考えてたんです。ただその当時、看護師をしていた母から「作業療法士っていう仕事があって、それだったら作業を通して子どもと接することができるよ」と教えてもらって。
私自身ものつくりも好きだったので、作業療法士に興味が湧き、病院見学に行ったり自分で調べたりしていたんです。見学に行ったり調べたりしても、当時の私はしっかりと作業療法士について理解できてなかったんですけど、作業を通しながら子どもと関われる点にに魅力を感じ、作業療法士を目指しました。
実際に作業療法士になってみてどうでしたか?
きっかけとは別の分野にのめり込みました!
きっかけは子どもと作業を通して関われるという点に魅力を感じたことだったんですが、学生時代の勉強で、脳神経外科の分野にのめり込んだんです。
脳疾患による麻痺の段階や高次脳機能障害などの勉強が私のなかで楽しいなと思って。作業療法士を目指した当初は、小児の分野を目指そうと思ったんですけど、成人身障分野についてより興味深く学んでいきたいという想いが強くなったんです。
作業療法士の資格を取得後は回復期に5年、急性期に4年、その間で長男を出産し、育休・産休に入ったんですけど合わせて9年ほど勤めました。
回復期に5年勤めていたときは退職して出産を迎えたので、出産後はやっぱり仕事したいなという気持ちがあったんです。ただ正社員は子育てしながらだと厳しいなと感じていたので、自分がやりたい仕事というより、出来る仕事や求められる仕事をパートでやっていましたね。
実は1人目の出産のときに産後のトラブルを経験し、それから女性の身体に興味を持ち勉強し始めたんですね。当時パートで働いていた職場が、高齢者をよく見ていた職場だったので、うまく現場でアウトプットはできなかったんですけど、パートをしながら知り合いを呼んで実践といったことをやっていたんです。
収入面と生活費を考えるとパートよりも正社員で働いていくことを考え始め、転職の為にいろいろお話を聞いてまわって。そこで産婦人科併設の急性期病院を見つけて、めちゃめちゃやりたいと飛びついたのを憶えています。
その病院に就職して、助産師と勉強会をしたり、ドクター交えてシステムつくりを経験したり、すごく勉強になりました。
妊婦の方で痛みがある方やその痛みが原因で日常生活に問題が生じている方に対してのリハの介入も経験できたので、すごく充実していましたね。
比嘉さんが現在の事業を始めるきっかけはなんですか?
現場で産後のお母さまの問題を目の当たりにしたからです!
3人目の子どもの出産のタイミングで退職して独立したんですが、元々独立したいという想いはあって、ブログやインスタでの発信、モニターなど準備自体はずっと進めていたんです。
急性期の病院に勤めているときに2人目の出産をしたんですが、理解ある職場で育休産休でお休みをいただいてすごくありがたい環境でした。ただ復帰しても、子どもの体調不良などもあってけっこう休みがちで・・・子育てと仕事の両立の大変さをすごく痛感しました。
産後のお母さんのリハビリに携わっていて、産後のお母さまが出産を機に歩けなくなったり、寝返りも介助が必要になって退院が延びたりなど、育児をしながらそんな身体を支える生活が待ってるということを考えただけで恐ろしいなという状況を何度も目の当たりにしたんです。
それが理由で産後のお母さまをサポートできるサロンをつくりたいと思うようになり、3人目の出産を機に退職してサロンをつくりました。3人目の育休中あたりから家の下の倉庫を改装してサロンつくりの準備をおこなっていたので退職して産休後、育休は取らずにすぐにオープンしました。
比嘉さんの現在の事業について教えてください!
女性専門のサロン事業を展開しています!
サロンは女性専門のサロンで掲げていて、産後のお母さまをメインにおこなっています。
メニューとしては整体とトリートメントがあって、痛みや身体の不調がある女性は整体で筋膜など解剖学に沿った施術をおこない、トリートメントは温かい石を用いてリラックスをしていただき、身体を整えています。
オープンしてからはありがたいことに、インスタなどからお客さまが来てくださりました。ただ、子育てしながらの施術とその時間以外で発信コンテンツを作成する時間をつくるとなると家族との時間を犠牲にしてしまっていた部分もあったんです。
改めて自分にとって大事なことはなんなのかと考え、インスタの発信をやめた時期がありました。するとお客さまが激減した時期もあったんです。
そこで地域性も関係してくるとは思いますが、集客としてのツールをSNSだけに多く頼るのは良くないなと痛感しました。それからは現在は地域にシフトして、実際に足を使って人と会って宣伝・営業するということに取り組むようにしました。
今では来店してくださった方、そこから口コミで来てくださる方が増えてきて、結果が出るのは緩やかですけど、しっかりと信頼関係も築けて持続して来てくださるなという実感があります。子育てしながらとなると地域で宣伝するやり方が私には合ってたなあと思いますね。あと口コミは強いなあと。
また、地域との繋がりを強化するというコンセプトで村の事業所で力を合わせてお母さんの居場所つくりをおこなっています。以前までは月1でやっていたんですけど、費用面などの兼ね合いで月1ではなく、現在は不定期でカフェを利用してイベントとして60分心と身体を癒していただけるイベントを開催しています。
子どもの居場所つくりにも取り組んでいて、助成金を使って子どもが自由に遊べる居場所を提供しながら、地域の子育て世代にアプローチしています。
今後の活動への想いや展望はありますか?
地域全体で子育てができる環境をつくりたいです!
一番大きな目標は、地域全体で子育てできる環境つくりをしたいです。地域で頼れる場所が身近にあるという環境を作っていけたらと思っています。
そのステップとして現在のサロンを那覇など沖縄でも栄えている地域でもう1店舗展開し、私と同じく子育て世代の方々にアプローチできる場所を増やしていきたいです。やっぱりお母さまに寄り添えるセラピストを増やしたいという想いが強くて。
その先に各地域で子育て世代が不安を抱えることなく過ごせる環境がつくれたらなっていうのは大きな展望ですね。
THERA-FILを通して伝えたいことはありますか?
応援されて独立することと準備の大切さを伝えたいです!
セラピストとして、病院でできることは無数にあります。子どもがいらっしゃるセラピストであれば、独立はより勇気が必要だし大変だと思うんです。まずは病院で自身ができることを突き詰めて、場合によってはより専門的な病院や整形外科に転職するのもいいんじゃないかなと思います。
私は、そこまでやったうえで独立したほうが良いんじゃないかと思っているんです。独立するときに大切だと思うのが、周囲から応援されて独立していくのが1番大切だなと思っています。
この病院が嫌だから辞めるというより、この病院の先にもっとやりたいことがあるから独立する。そういった独立のほうが周囲も応援してくださいますし、紹介などもたくさんしてくれると思います。
病院で積み上げてきたものやその病院に貢献するといったことをしっかりと取り組んだうえで、独立後の関係性などを含めて気持ち良く独立するのが一番だと。それによって、独立後の活動が前に進めるのかなと思います。
ですので、現状病院にいる方で独立したいと考えている方は、まずは今の職場で一生懸命もがいても良いんじゃないかなと。
また、独立するならその準備に手を抜かないことが大事だなと思いますね。今では誰でも発信する世の中になっていますけど、現状収入があるときにコツコツと隙間時間を利用して発信をしたり、休みの日に足を運んで人に会ったり、徹底して準備したほうが良いと思います。
ただそれが枷になっていつまでも踏み出せないのも本末転倒なので、計画的にメリハリを持ってその基盤をつくることが大切だと伝えたいです。
私の経験が少しでもみなさんの道標になればと思っています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
比嘉 夏希(ひが なつき)
作業療法士の資格取得後、回復期病棟・通所リハ・急性期病院に勤務。
在籍中に産後の大変さを経験し、現場で産後のお母さまの問題に何度も直面。
現在は女性専門サロン『女性の為の整体 結どころ』をオープンし、
子育て世代のお母さまの身体を支えたいという想いを胸に活動中。